着々とすすみゆく
投稿日: 2022.03.14
そこそこ大きめの物体にものを書く。凄まじいプレッシャー
光陰矢の如し、無常迅速、時人を待たず
おそろしいことです。
四月二十四日に向けて、着々と事が進んでいっております。
何が出来ている…足りてないことは他に無いか…?
確認するのも恐ろしい。
雲樹寺の醍醐です。
まだ住職ではないそうです。手続きって大変なんやなって…
それでも、必ず辞令は降りると信じて諸々を進めていきます。
こればっかりは私だけの話だけじゃないので待つほかありませんね。
私だけの話じゃないといえば、写真のこちらもそうです。
角塔婆といいます。
角ばっただけの塔婆と思われるかもしれませんが、大変なものなのです。
〇
日本においては板状である塔婆あるいは卒塔婆。裏と表だけ。
これが角ばっているという事は、相応に大きいという事に他なりません。
その全長…7メートル
とはいえ地面に埋まる部分もあるので見える分には大したことはありませんが
こんな大きいもの、作るのも大変です。
さらに一本の木から削り出される一品であるため材木費もすごい。
すべて人の仕事ですからね、技術費も大変です。
大きくかつ重くもあるので、輸送費も当然ながら手段も限られる。
これが雲樹寺に辿り着いてからも手間です。
角塔婆というからには角ばっておりますので、裏表以外にも左右に書ける場所があります!
しかも、その内容は定型文ではありません。
お寺の所以、行事の動機、祈願の概要、決意表明の言葉、導師のお名前…
当然私では把握しきれません!ハハッ
だから原稿を作り上げた後で再三にわたるチェックを通して改変されたものが完成します。
「実物」と「原稿」が揃ったッ!
ここまできてようやく書くことができます。
でも自由にサッと書けるものでは全然ありません
だってこれ1トンありますからね。1000キログラム。
重いとかじゃないんです。ここまでくると。
動きようが無いんです。もう存在感は地面とかと同じ。
てこの原理を使おうとか滑車の理屈がどうとか、全部ぺちゃんこですよ。
人は1トンの質量に弱い。常識ですよね。
だから、全部で四面あるうちの一面に書くだけ。
あとは座して乾燥を待ったのち、座してひっくり返してくれる人が来るのを待ちます。
建設業関係者の方々です。具体的にはクレーン付きの車。
そうやってひっくり返された後でまた…書く
ただ書くだけのことは、それだけです。一番簡単とすら言える。
しかし失敗はできません。もうマヂ無理……下書きしよ……
えんぴつで枠を作って、サイズ感を踏まえた余白を設定して
誤字脱字を徹底して除去し、チョークで下書きして
ようやく…筆
筆に着ける墨は三時間墨擦りして作り上げる本物の黒!
こうして写真のような状態になっていくわけです。
ヤバくないですか?
でもっておっ建てるのには更に人手が要るという
〇
長々とまた書き連ねてしまった…誰でも想像できそうなことを!
まあいいか
でも意外とほら、活字にするとまた感じるところもありますよね。
めっちゃ大変なんですよね。要は。
この大変さをどうとらえるのか。
お金の無駄
人の無駄
時間の無駄
確かにそう、それは間違いなくそう。
でもこれら、それぞれ一側面からのものの見方でしかありません。
利益から見るか
人の作業量から見るか
かかっているタイムスコア見るか
あるいは全部無駄?問答無用?遺憾ながら無駄?考えるだけ損?
いや分からなくはない話ではあります。
しかしここは、お寺ですので。
多くの人が関わり、多くの時間がかかり、大きなものが建ち
その大きなものには、平和や安寧を祈る言葉が書いてあるわけです。
〇
人の営みとして見るのは、どうでしょうか。
生きてここまでたどり着いた多くの人々の有難さによって立つ角塔婆。
誰もがそれがどんなものか知らずとも、誰もが見る事の出来るこれ。
形になった祈り。見るだけで分かる、平和の願い。
この先までずっと、そうでありますようにと、遺り続けるもの。
日々を生きる人々が負って下さった手間で建つ角塔婆は
お寺と同じです。
誰かが間違いなくここに生きていた証を、積み重ねの確かさを形にする。
だとしたら、これを立てるのは無駄なんかでは全くありません。
むしろお金をかけるに値する!
行政ならいざ知らず、ここはお寺。眼に見えぬものが在る場所。
また一つ、想いや願いでしかないはずのものが、形をとるための仕事なんです。
だから頑張っていかなきゃならんのですね…
はー…がんばろ…