blog拝啓、雲樹立つ寺より

成道会とは

投稿日: 2022.11.19

こんにちは、雲樹寺の住職です。

突然のブログで驚かれたかもしれませんね
そうここは雲樹寺のHPの一角、ブログのコーナーです

普通に毎週読みに来る数少ない方々にも説明せねばなりません
ホントにいる? ホントに

実はここへ人が来るようにQRコードをチラシに入れました
だから、人によっては突然このブログを見る事になるわけです、たいへん!

何のチラシかというと、上記の通り雲樹寺ライトアップのチラシです
ただ行うというよりは、やはり意味を持たせたいので
成道会の前夜というものにタイミングを合わせたのです

すると、じゃあ成道会って何だよって話になりますよね
ならば説明せねばなりますまい
でも、ポスターは説明文を書くにはちょっと狭すぎるので
是非ともこれを聞いて、知ってるような知らないような気持ちになってほしい
私と同じってことですね!!

 

 

成道会とは!!!!!!

お釈迦様がお悟りになった日ですね。
それ即ち12月8日
正確にはその朝、となっています

さかのぼる事12月1日
お釈迦様はなんだかすごいものになる為の努力をしていました
その日までは

当時は苦行というものがブームだったんです
今苦しむことで来世をハッピーにするんだよ!という考え方
お釈迦様も世の風潮にのっとり山の中で苦行をしますが
「これなんか変じゃね」
と思ってしまい、山から下りてしまいます

そしたら従者はもうプンプンです。
頑張るっていうからついてきたのに!釈迦なんかもう知らん!
苦行止めたらすごいものになれない・・・釈迦もう駄目かもしれん・・・
従者はみんなお釈迦様から離れてしまいました

そんなお釈迦様にこれでも食べて元気出せよ、とスジャータさんが乳粥をくれました
お釈迦様は悲しかったけどちょっと元気出して、最後の頑張りをしようと考えました

坐禅です

それも七日間!菩提樹の下で雨風をちょっと凌ぎつつの雨天決行!
明確に最期を見据えて決死の覚悟で挑む耐久坐禅
全ては、なんだかすごいものになって世のため人のために生きるため

時を進めて12月8日、その夜
思索に耽る目に、夜空で一際明るく輝く明星が映り込みました
これだ!
今まで積み上げてきた雑多なものが、すべて一本の線に集まり、答えになった!
お釈迦様はついに見つけました、お悟りです
こうして、お釈迦様は、我々の知るすごい人になられたわけです

それ、つまり悟りがどんなものなのか
それを知るために私たち仏教徒は、修業に勤しむわけです

お釈迦様を想いながらの修行は、お釈迦様の行いをなぞる事
12月1日から8日は、特にその悟りへの想いを強めるんですね

 

 

知っていただけましたでしょうか
成道会ってそういう日なんです
それで、12月7日はその前夜
いわばイヴ

仏教の世界にもイヴの文化を持ち込みたかったわけではありません
前日の夜だからこそ、出来る事もあるんじゃないかと思ったんです
なにせ当日の夜、12月8日の夜はよくわかりませんからね
しかし12月7日から朝にかけては、分かります
お釈迦様が、明けの明星を見て悟ったのです

では悟りに必要だったのは、それだけなのでしょうか

お悟りというものを開いた方、実はお釈迦様だけではありません
その切っ掛けも様々、烏だったり、落ち葉だったり、雪だったり
つまり大事なのは、お釈迦様で言う明けの明星だけじゃないんでしょう

お釈迦様は12月1日に突如発生したわけではありません
生れて、いろんなことがあって、成長して、
ここでの言葉を使うのであれば、苦行だって頑張って
そうして12月1日にやってきたんです
そして最後に決死の覚悟で敢行したことが、実を結んだんです
思うに、大事なのは切っ掛けそのものではなく、そこに至るまでの過程なんです
出会いであったり、別れであったりが、悟りに繋がるんです

そういう理解をした上で行われるべきイヴでの振る舞いは・・・
地上に明星を灯すことです

 

 

結局、明星なのかよ!

いいじゃないですか、明星灯しましょうよ
じゃあね、はいそれじゃあ聞いてくださいよワケを、ええ

お釈迦様は、思うに、もうどっちだかわかんなくなってた思うんですよ
何がというと、空と地上の区別が
だってもう七日間も寝ずに脳を働かせてるわけですからね

だってあの時代の夜ですよ(2500年前のインド南部)
今みたいに、夜の星が見えなくなることは無いですよ
だってライトとか無いですからね
人の営みと言えば蝋燭などの灯くらいのものです
この様子をちょっと町から遠い小高い菩提樹の下、見てみるとすると
全部が星、あるいは人の営みに見えたんじゃないでしょうかね
何処見ても暗い中に灯る光が綺麗に見えて、空と地上の境界線も無くて
星も灯も全部が輝いて見えて

当然、夜が更けると地上の灯は消えて
さらに夜が更けると、朝日の接近で星も消え始めて
そんな時に、ひときわ輝く明星が見えるわけですよ
すると「あれ?どっちだろアレ」ってなるんじゃないでしょうか
七日間も寝ずに考えごとしてたけど、やたら明るいアレなに?って
一瞬でしょうけどね、すぐに「あっそういうアレね、なるほどなるほど」ってなるはず
でも、その一瞬があったからこそ、気付く

人の営みも、星の瞬きも、同じようなものなんじゃないかって
似てる、じゃなくて、同じなんじゃないかって

・・・

ってのはまあ与太話にしてもですよ
お釈迦様が見たはずの世界に、できるだけ近づけたいんですよ
そのために必要なのは、やはり灯です
灯を見る、心が必要です

 

 

火はなぜ明るい
明るさは誰のもの

誰かが願って火をつけて
誰かがその火を見て感じるものが在って

心が無ければ、できないことじゃないでしょうか
見る事も、感じる事も、灯す事も
人が居なければ、できません

人が居なければ、なりません
お釈迦様が救いたいと思った命は、まだここに在ると知らせねばなりません

火を見て明るいと感じる心を、其の持ち主を
12月7日だからこそ、集めねばなりません
お寺に。お釈迦様を想うための場所に。

つまり、そういった理由でお寺を明るくします
良ければ、ちょっとでいいのでおいでください

 

瑞塔山 雲樹寺
〒692-0056 島根県安来市清井町281
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※上記以外の時間はお参りは出来ますが、職員の対応はありません。