応援する仕事
投稿日: 2021.06.28
花を入れるべきスペースにあるまじきキノコ
でも、縁の下で頑張ってる感じが凄く今回のお題にあってる気がします
〇
お寺といえば?
さてどうなのでしょう
試しに調べてみました
仏像が置いてある、祖先が祀られている、法事をする
煙を浴びる…? おみくじをひく…?
変わり種なイメージもありますが、大まかそんなもののようです
もしかして私が知らないだけで煙を浴びるのは一般的?
そこを深堀するわけでは無いのですけども
お寺っていうのは、つまりそういうイメージなんだそうです
こういうのは寺の中と外とで違うものですが…
こんなもんかな、とは思えますね
しかし、ここからの脱却というか、更なる付加を目指していきたいですよね
〇
そもそもお寺とは
…ここから先は私のイメージでもあるのですが
集会所とか、そういう…集まれる場所みたいなイメージがあります
私の中では、ですが
雲樹寺はちょっと広いです
庭も大きい
しかし、まあ当然ではありますが、ほとんどは無人です
なにせ島根ですからね
でも、だからこそ、もっと人を呼びたいと思いました
お寺のイメージにある静寂、確かに大事
ですが、静寂とはどこにある物でしょうか
私は、音のある場所だからこそ、静寂もまた在るのだと思うのです
音楽の中にある、一拍の無音
喧騒がおさまる、夜の一瞬
一連の事象を際立たせる、息を吞む沈黙
すべて、一色のみある世界に穿たれた点のようにあるからこそ、際立つ
雲樹寺にそれまで存在していたのは、果たして本当に静寂なのか
あるいは本当に静寂だったのだとしても
とにかく、足りないものを求めるべきだと私は考えたんですね
〇
雲樹寺マルシェ、よかった
今でも言われます、もう二年も前のイベントです
懐かしい…
コロナ禍という異常事態において、真っ先に中止の憂き目にあいました
仕方のない事です
恨むだとか、そういうことではありません
でも、私は確かにあの時、
何百人も集まったあの機会に、熱を見ました
人が生きるとは、熱の発生です
人が集まるとは、火のごとく、炎のごとくです
なんと見事な事か、あれは雲樹寺に間違いなく有ったのです
コロナ禍において、それでも人は生きています
修行者は雲水、雲のごとく水のごとく姿を変えるべしと言われています
人の生き方そのものです
コロナ禍でもそれに併せて生き方を変えて、人間は生きています
雲樹寺もまた、何かを行いたい
コロナの中にあるからこそ、コロナの中でできる事をやりたい
そしてその考えは、私だけのものではありません
同じ思いは地域のそこかしこに
〇
だから
カフェやります
〇
え!?だからって何!?
文章飛んだ!?
飛んでません、はい
カフェやります(二回目)
ていうか、やっていただきます
もう当ホームページのイベントの項目に記載されています
8/29(日)、だいたい午後くらい!
雲樹寺を活用してカフェをやりたいという地域の方々の手助けを借りて
是非とも良い形にします
雲樹寺も当然ながら全面協力!
島根県安来市にある雲樹寺らしい新しい形を模索して参ります!
どうぞよろしくお願いします
そういうわけで、雲樹寺は夢が有るのに場所がない人を応援しています
who’s next? みたいな