恩人だらけの寺
投稿日: 2023.06.18
元・岡山博物館の職員 現・超ありがたい方、横山さま
梅雨が始まって参りまして
湿っぽい日が続く・・・っていうか暑い!暑いな!
またこの季節がやって来てしまう!どうかしてるぜ気温!
暑いだけならいいですが、上記の通り湿り気がよくない
ですが皆様ご存じで御座いましょうか
湿気というものの効果範囲は・・・地面(床)から30cm!
即ち、大事な物で且つ湿気に弱そうなものは、小高いところに置くべき!
でもただ高いだけじゃまたダメでぇ・・・
屋根の様子とか見た上での棚の真ん中ぐらいがいいんですよ!
とまあ一つ大事な物と言っても対応は様々
こんな風に言ってる私も、正しいことなど分かりようはずもない・・・
テレビやインターネットや本での流し読みで得られるのは情報!
自身の中で行動に移したときの経験が知識となり・・・
これらが積み重なっていった先に智慧がある!
そんで智慧を複数並べていくと叡智に辿り着ける・・・かも!
何が言いたいかというと、正しさとは一朝一夕ではいかぬということです
しかし、これを授けていただける方があるとすれば
それはこの上なく有難いことなんです
〇
四人!
さいきん雲樹寺の寺族(お寺の家族)が増えまして
それでも四人なのですが
これが多いと見るか少ないと見るか
この人数が各々に責任を以って役目を執り行うと凄くいい感じになるのですが
立ち行かぬ部分はどうしても出てきまして・・・
特に積み重ねてない分野の事には手も足も出ない!
っていうか修行の時にやって無いですからね宝物の取り扱い方なんて
ちょっとは習いますけれどもね・・・掛軸はこう!とか
触りでしかない・・・
お坊さんがそういう部分に詳しそうな雰囲気有るのなんでしょう
単に私の修行不足なのですけれども
当然知ってますよね!っていうの止めて!
ワタシ皆さんが思うよりアホでんねんパーでんねん
とにかく
出来ないことがあるってことなんです
どうしようもなく・・・
なのに上記の通り「お坊さんらしさ」を堅持しようと試みると
知りません!も当然ながら
「助けてください」もなかなか言えないんですよね
・・・っていう前提でありながら
しかし助けてもらわないと最早どうにもならないので
言ったわけです、どうにか助けて下さい、と
そしたら答えてくださったのが、写真に在ります横山さんです
〇
横山さんは、中国観音霊場でできた縁のひと
岡山県立博物館からおいでくださった方です
これは宣伝なんですけど、
七月二十八日から九月三日に
岡山県立博物館で行われる企画展
ここに雲樹寺の歴史に根差した宝が展示されます!
夏休みは岡山博物館へ行こう!!!
・・・さておき
いや置いちゃいけないんだった
上記の件で雲樹寺に御來山いただいたのです!
そこで私のHELP!!を聞き入れてくださり、この通り助けてくださいました
助けてもらった内容を細かく表記はできませんが、要は知識を授けてくださったのです
博物館勤務の延長でおいで下さった有難さは勿論のこと
退職なさった後も時間を作っておいでいただき、この働き
誠に有難い・・・何度伝えたとて全く足りません、本当にありがとうございます!
斯様な生き方をされた方だからこそ得られる智慧
昔取った杵柄、なんて言い方で表現されたりもしますが
杵柄って「技術や知識そのもの」みたいな意味合いですからね!
これを分け与えられたという事への確かな責任もまた、重いものと考えます
〇
まさに観音様だな、って思っちゃうんですよね
前にも話しました事の繰り返しですが
昔ある先生に教わった「極楽」の考え方っていうのはパラレルワールド的なんです
理想的な行い・・・例えば仏教修行ですが
これを行う私が居たとして、そういう私が何時の日か
例えば何回か生まれ変わった先で悟れるとして
その悟りの境地である涅槃に行ける私が未来に実在するとして
スタートは、つまりこの仏教修行の開始時点ですよね
このスタートは・・・早ければ早いほどいい、今日より昨日より一昨日
早ければ早いほどいい・・・一か月前、一年前、あるいは一期つまり前世から
もっと前から、もっと前から
一秒前に仏教修行を始めていたかもしれない私がいるのなら、
同じ理屈でさらに前から仏教修行をしている私がいうるわけです
すると、この世には理想を超えた理想の私が開く極楽浄土が実在するんです
こうして私という可能性のすぐそばに極楽があるという考え方と
理想の私・・・極楽で観音様に成れてる私が、今の私を如何にしてか救うのだと
そんな考え方ですが
観音様は万物に化けて私を救うらしいのですよね
すると横山さんは・・・さては観音様じゃな?
と思えるんですよね
〇
でも、お寺っていうのはそうです
人間っていうのは、全部そうです
沢山の観音様に救われながら、日々を生きているんです
どうしようもない、大変だ、もう無理だと思いながらも
何処か救われているんです
あるいは、有難い方というのはそうやって
自分が得ることができたかもしれない可能性を以って、助けてくださる方なのです
感謝を・・・感謝をしなければなりません
ですが元より、いくら伝えても伝えきれるわけが有りません
自身を立派に成長させ、いただいた助けによって立派になり
そして未来でまた、今日を救ってくれた誰かを救いに行かなければなりません
最大級の感謝を表しに、未来に行かねばなりません
・・・手伝って下さった横山さんと、
お祝いをくださった岡山県立博物館の方に感謝をしたかっただけなのに
随分と長くて変に壮大な話になってしまいました
まあ・・・こういうこともあるか
最期にもう一回
お手伝いいただき誠に有難う御座いました!